正井潔(カンボジア)の経歴は?妻と娘について!消防隊と防災学校も調査!

こんにちは。

世界各地で活躍されている日本人はたくさんいらっしゃいますよね。

住めば都といいますから、慣れれば大丈夫なんでしょうけど、日本の

ように安全な国は他にないと思っているので海外で生活するなんて

考えたこともないです。

私は海外旅行にも行ったことがないので、言葉はもちろん、文化や

習慣、常識が違う海外で暮らす人はすごいなあと常々思っています。

ましてや海外でボランティアなんて尊敬してしまいます。

今回はカンボジアに初の消防隊を作った日本人、正井潔さんを

ご紹介したいと思います。

正井潔さんはカンボジアで無給で救急救命を行っています。




正井潔(カンボジア)の経歴は?

正井潔さんの経歴をみてみましょう。

正井潔さんは1949年に神戸市で生まれ、2018年現在69歳です。

正井潔さんは神戸市内の高校を卒業後、神戸市消防局の救急隊員となり、

医療行為ができる救急救命士の国家資格を取得し、現場に1万回以上出た

救急救命のスペシャリストです。

神戸市消防局に42年間勤務のうち27年間は救急業務にあたっていました。

2010年3月に定年退職されています。

退職後、カンボジアに渡り長期滞在型支援をしてきました。

現在、日本国際救急救助支援会(JPR)の理事長を務めています。

なぜ正井潔さんはカンボジアで救急救命活動をするようになったのでしょうか。

きっかけは1枚の名刺からだったそうです。

2003年の春、正井潔さんは神戸市中央消防署に在職していました。

南アフリカで救急システムを立ち上げようとしている人物に、勤務していた

神戸市中央消防署の若い職員経由で名刺を渡したことが始まりだったそうです。

数カ月後の7月末にボランティアでアフリカのザンビアに救急システムを立ち上げ

ようとしていた五十嵐仁さんから、プロの救急隊員としてアドバイスをしてほしい

と正井潔さんにメールが届きました。

メールには救急システムがないために交通事故の患者が丸太のように病院に搬送され

人間の尊厳が守られていない救急事情が延々と記されていました。

そこから正井潔さんは救急隊員としてメールでのアドバイスを週に3~4回する

ようになったそうです。

五十嵐仁夫妻が一時帰国した際、救急事情の詳細を聞き、正井潔さんは

2004年8月に12日間の夏季休暇を利用して現地指導をするためザンビアに

単身旅立ちました。

その際に正井潔さんは各方面へ呼びかけ多量の救急資器材と救助資器材、

救急車にするための中古のワゴン車を寄贈したそうです。

正井潔さんが実際に現地の救急事情を目にし強烈なショックを受け、何とか

ならないかという気持ちから始まったのが救急救助技術の支援でした。

 

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妻と娘について!

正井潔さんには神戸市に住む家族がいます。

カンボジアで長期滞在型支援を行う決意を家族が支えてくれました。

妻の明美さん70歳、長女の真理子さん44歳、次女の都さん39歳です。

正井潔さんはカンボジアで無給で救急救命の指導をしているため

通訳を付ける以外はすべて自己負担です。

生活資金は正井潔さんの年金と妻の明美さんの金銭的援助を受けて

います。

収入がないばかりか出費がかさむので家族は大変でしょう。

正井潔さんの妻の明美さんは看護師、娘さん2人も看護師をしています。

長年の消防士生活で脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)

という持病があり過去に3回も手術を受けている正井潔さんの体を

妻も娘さんたちも心配しています。

娘さんにいわせると正井潔さんは短気なので血圧が上がっていないか

も心配なようです。

一方でカンボジアに赴き、長年培ってきた知識と技術をすべて伝えたいと

一人で頑張っている正井潔さんの背中を押してくれたのも妻と娘さんたちです。

一生懸命頑張っている正井潔さんを最後まで応援したいと思っており

妻の明美さんは正井潔さんの支援活動を誇りに思っているそうです。

きっと娘さんたちもそうでしょう。

 

消防隊と防災学校も調査!

2004年8月の訪問では消防本部など各関係先の表敬訪問が多くあり

最初の指導は3日間のみだったそうですが、現地では正井潔さんの次の

指導を熱望されました。

ただ一人での指導の限界を正井潔さんは感じ、横浜市消防局や多くの支援者、

仲間に呼びかけ発展途上国に救急救助技術を支援するNPOを設立しました。

「日本国際救急救助支援会:Japan Paramedical Rescue」略してJPRは

正井潔さんが消防士として忘れることのできない阪神・淡路大震災から

10年目の2005年1月17日に設立しました。

2005年2月にはJPR第一回目の技術支援としてザンビアへ救急隊員3名、

救助隊員3名を派遣しています。

正井潔さんがカンボジアに先行調査で入ったのは2008年です。

カンボジア王国軍から選抜された軍人に救急・救助・消防などの技術を指導

しています。

カンボジア初の救急救助のプロ集団、Brigade70 RRC711消防隊です。

RRC711消防隊は無償奉仕で火災や災害から身体、生命、財産を守る消防隊。

先進国では当たり前のことですが発展途上国では当たり前ではありません。

文化や考え方の違い、RRC711消防隊設立に反対する政府高官もおり干渉や

妨害もあり帰国を考えたこともあるそうです。

現在は大親友でもある軍の副司令官ソイ・ナルットさんと共に困難を

乗り越えてきました。

正井潔さんの指導は厳しく、最初の選抜メンバーは医学生に転進したリヘインさん

のみですが、正井潔さんの考えに同調した隊員が定着し現在のRRC711消防隊と

なったとのことです。

RRC711消防隊の活躍する姿はカンボジアのテレビやインターネットで市民に

知れ渡り、信頼され尊敬されています。

2016年にカンボジア、シアヌークビルに「カンボジア・日本友好防災学校」が開校。

正井潔さんが長い時間をかけて育てた教え子が、カンボジア人指導者(教官)になり

防災学校のカンボジア人訓練生に技術と知識を教える消防士育成環境が整ったのです。

 

まとめ

正井潔さんのカンボジアでの技術支援は2018年3月で一旦終わり4月から

日本に戻ってこられたようです。

カンボジア初の救急救助プロ集団RRC711消防隊を育て、その知識と技術を

教える防災学校が設立されたからではないかと思います。

しかしカンボジアの国民性や途上国の問題もあり万全とはいえないため

年間で数回に渡り正井潔さんやJPR会員が短期支援を継続するそうです。

言葉よりも情熱で救急のノウハウを教えてきた正井潔さん。

だからこそ国を超えて日本式の救急救助のプロが育ったのではないかと

思います。

これからも使命感を持って後継者を育成していくのかもしれませんが

ご自身と妻と娘さんのために体を大事に元気でいてほしいですね。

 

 

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